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小茄子がきれいに漬かりました。


もう夏が終わる。

小なすもそろそろ季節が終わりかな。
「つぼ漬け」と言って、ヘタを取ったナスをぎゅうぎゅうと瓶に詰めて、塩や焼きミョウバンを溶かした漬け汁を注いで、2日ほどで食べ頃になるのよ。

ヘタを取ったあとが白くお星様のように残るのが、かわいいと思う。自家製紅しょうがのおむすびと一緒に頂きました。

色よく漬かったナスの青みがかった紫色、赤じそのルビーレッドに染まった紅しょうが。自然の色はなんて美しいのでしょう。

「茄子漬けの色よろこびし彼なりし」

これは、私の大叔母で俳人の菊山享女が、息子の裕生(俳号有星)を悼んで詠んだ俳句。

裕生は私の父の従兄弟で、学徒出陣で終戦の直前ルソン島で亡くなりました。

私が高校に入学した昭和47年頃、享女さんを1人で尋ねたことがあった。享女さんは私が自分の息子と同じ高校に入学したことを心から喜んでくれた。そして「こんな本が送られてきたんやで」と、出版されたばかりの「きけわだつみのこえ」を出してきて、そこに掲載されている裕生さんの手記を読んでくれた。彼の写っている写真をいとおしそうに指先でなでながら。

残念なことに、その時享女さんとどんな話をしたかよく覚えていない。でも小一時間はいたと思う。そして今も鮮明に覚えているシーンがある…。
「学校も近いし、また来るね」と、玄関で別れて、坂道を下って、駅前の交差点で信号待ちをしていた時。
ふと後ろを振り向くと、着物に割烹着を着たままの享女さんが立っていた。
「どうしたん?」とびっくりして尋ねると、
「歩き方がな、あんまり似てたさかい、ついてきてしもてん。」とはずかしそうな享女さん。

帰って母にその話をすると、「息子さんを思い出したんやね」と母。私の父と裕生さんは年齢も背格好も、兄弟のように似ていたらしい。私も父親似だから、享女さんは私の中に裕生さんの面影を見ていたのか。

茄子漬けを見ると享女さんを思い出す。

あの坂の上のお家にもっと行ってあげればよかった。